<ピケティの「21世紀の資本」を読む!>   余田 幸雄

 

(偶然の出会い)

1 知り合いから面白い本があるから貸してあげると言われて、野次馬的好奇心で拝借することとした。実際に手にしてみると余りの大部に、40数年前にマルクスの資本論とサミュエルソンの経済原論を読み始めたときのストレスを思い出し早まったかと後悔したが、グラフが多いので段々見当がついてきて、1月強、得難い経験をした次第である。

 

(数字に語らせる)

2①富の分配をデータの裏付けで説明する言わば統計的実証主義が本書の基本的考えである。グラフでは貧富の差が大きいことが歴史的に見て普通で、例外的に第一次世界大戦から第二次世界大戦終了後暫くの間の約30年から50年は貧富の差が縮小し、その後再び格差が大きくなっている。第一次大戦の前は世襲的・身分的な社会で相続財産を持っている者とそうでない者との差が大きくかつ固定的であったであろうと想像できる。第一次大戦で世襲的な社会が壊れ始め、インフレも進み、所得の平準化が進んでいく。更に第二次大戦によって植民地等の制度が崩壊し世界的に社会の平準化・流動化が一段と進んで、活力が生まれ高度成長となる。しかし、戦後の混乱が収斂し社会の安定が図られるにつれて、成長率は下がり、格差が再び広がっていくことが数字上明らかにされる。

②戦争は好ましいものではなく避けるべきものであることは当然であるが、直感的に、社会の活力・高成長・所得の平準化は制度の崩壊と戦後の復興の中で進むであろうと思っていたことが数字で示された訳である。統計の制約から分析は欧米とある期間の日本に止まっているが、中国、インド、ロシア等の分析があれば興味深い結果が得られたであろう想像している。

 

(長期停滞論への示唆)

3①現在、長期停滞論が経済学者の間で論争となっている。インターネットの普及が齎す社会の大変化が、第四次産業革命と呼ぶべき新産業革命なのか、単に第三次革命の延長・一部なのかという論争と理解する。本書では、石炭と蒸気機関の第一次産業革命、電力の普及と工業生産の第二次産業革命に国富は増加し、両大戦でそれが大幅に減少し、第二次大戦後急速に回復増加して行って、第三次産業革命と言われる電子化が進展する2000年までは高い成長が見られるものの、リーマンショックとインターネットの2000年以降は低成長であることが数字で示している。本書では、最近の情報技術などは生産様式をあまり乱さず経済全体の生産性改善にあまり貢献しない。歴史的に成長率1%でも社会に大変革を齎してきた。と解説している。

②独断的には、白地の分野に新規の産業が勃興して成長率が高まった従来の産業革命に対し、インターネットの普及では既存の産業の代替効果・共食い効果の方が大きいのではないかと考える。インターネットは既存の手段を手軽に安い手段に代替させるけれども名目価格は据え置かれるか低下させるのでデフレ効果の方が優先してしまう。加えて2①で触れたように、インターネットが普及していく時期は第二次大戦終了から十分に時間が経過し社会が安定し制度の安定化が進んでいる時期であるので、リーマンショックの落込みからの回復を入れても、統計数字上の成長率等は第四次産業革命とは呼べない停滞となるのではないだろうか。しかし、社会経済へのインパクトの大きさから言えば第四次産業革命であろうと思う。

 

(米国の格差の進展)

4 本書が話題になるきっかけとなった米国では、リーマンショック後も極端に貧富の差が拡大していることが示される。身分社会からほど遠くフロンティア・スピリッツに溢れていたはずの米国で、金融工学が発達しこれに精通したプロが活動するにつれて富む者の資金はプロが運用して更に増大し、一方、有名大学でMBA、MOTを学んだプロのスーパー経営者が高給を得て大企業をマネジメントすることで、格差が拡大していることを実証しアングロサクソン的資本主義の問題点だとしているが(ピケッティは仏人)、対策については歯切れが悪い。

 

(我が国の未来への示唆)

5 我が国の未来について、成長の要素たる人口は高齢化によって減少する。もう一つの要素たる資本について、インターネットを基礎としたプロセス・イノベーションが主体であれば資本単位産出量も名目的には低下していくと想像する。従って新規の製品・サービスを産み出せるプロダクト・イノベーションへの資本投下が極めて重要となってくる。本書は知識の普及と訓練や技能への投資が成長を産み出し格差拡大を収斂させていくとしているが、我が国では伝統的に改善や品質管理等のプロセス・イノベーションを評価し、また、知識の普及と訓練や技能への投資を正規・非正規等の構造下で有効に行っているのかという問題もあって、結構深刻である。自動車・電気機械・化学の大企業の13兆円の研究開発費がプロダクト・イノベーション創出に有効に機能することが重要である。

 

(統計は社会インフラ)

6 そして最後に触れたいことは、統計の重要性である。本書では1700年代に近代国家に踏み出した諸国の統計を使い21世紀冒頭まで整理して法則性と対策(政策)を著述している。統計は空気のように、いざ無いとなると困る社会インフラで、先進的民主国家の基盤を形成するものである。調査には是非協力をされることを願って、駄文を終えたい。