<フルーガルとロバストとカセットプレーヤー> 余田幸雄
筆者は、カセットテープでクラッシク音楽を聞くアナログのラガードである。作曲者別、ジャンル別等に整理して片面60分のテープにピタッと納まった時の快感も何とも言えず、携帯型カセットプレーヤー(某社の商標は使えない。)で"ながら族"を楽しんできた。また、AFN等のニュースを録音し外出時に聞くにも極めて便利である。ところで、このカセットプレーヤーが愈々ダメになり、昨秋、慌てて大手家電店に飛び込んだところ、某社でない大手製もとっくに製造停止で、国内中堅メーカー製がモノラル再生で何と2000円弱で売られていた。販売員はすぐ壊れるし作りは雑だからとイクスキューズしていたが、地獄で仏?とばかり、先のことも考えて3台買って帰ることとした。この時から、フルーガルとロバストのことを何となく考えている。以上が長い三題話の前置き。
1 筆者が、「フルーガル」(現地ニーズに即し現地の合理的な価格帯でスピーディに設計するという趣旨)を最初に意識したのは、2012年3月Economistがアジアのイノベーションとしてタタ社のナノを筆頭に中国製にも広がっていることを紹介した記事を読んだ時で、新鮮なショックを受けた。今回検索してみるとゴーン氏が既に2006年に言及したとも言われている。GEによるリバース・イノベーション、我が国のガラパゴス何とか、などと一緒に良く耳にするようになってきており、我が国諸製品がアジア市場に一層受け入れられるには、このフルーガル能力が必要であるとの指摘は既に市民権を得たと思っている。
2 「ロバスト」も折に触れ眼にするが、フルーガルと一体のものとして受け取っていた。タタ社のナノが、あるいはアジア市場の日本メーカーの何とか製品が、安かろう悪かろうで簡単に壊れるようなものであってはならず、フルーガルな製品作りが同時にロバストな製品を作り上げるものであることは自明だと思っていた。しかし、今回改めて検索するとロバストとは外乱に強い設計をして品質を安定させる頑強な設計という趣旨で、フルーガルとは別のもの、あるいは相反するもののようである。同時に、外部環境の変化に即応できる力・仕組みを内在化した柔軟な経営としても言及されている。
3 前置きに戻ると、昨年12月のEconomist技術特集で、最先端の研究所等でマスター・データの永久保管のために磁気テープが使われている旨紹介され、その直後に日経BPが同様の記事で日本の技術の貢献だとコメントしていた。まさに我が意を得たりで、確かに十数年前のカセット・テープを使っても問題がない。それで、ハードの方は、使い出してかれこれ半年以上、多少電池を食ってしまうのが難であるが、片面75分の長時間テープも噛むことも無く再生してくれ、あの値段で外出の"ながら族"の楽しみを味わっている。この場合はフルーガルとロバストは両立しているようである。
4 一方、欲も生まれ、ステレオ再生の携帯カセットプレーヤーが欲しい、1万円以上払っても良いと思っていたが、「トレードオフ 上質をとるか手軽をとるか」(Trade-Off Why Some Things Catch on, and Others Don't by Kevin Maneyプレジデント社)を読んで、あれもこれもという製品・サービス・経営は結局失敗するので、割切りが大事だとの結論に、1万円のステレオのカセットプレーヤーは二度と地上に戻らないものと最終的に諦めた。
5 最後に、ごく最近、CAD情報をインターネット経由で受け取り切削加工/射出成形をし、納入までを自動化して少量・多品種・即納を実現するP合同会社のセミナーを聞く機会があった。会場一杯の若い参加者に製造業も安心だと思ったが、質疑では規定外サイズの成形や耐久性を求めた規定外材料使用金型など個別対応の要請が多くあり、"上質"よりは"手軽"を追求した米国企業らしいビジネス・モデルには嵌りきらないフルーガルとロバストとガラパゴスの狭間に居る我が国製造業の現場の悩みに改めて驚いた。"上質"を"手軽"に求めようとする現場と若手に危惧も感じ、このような現場の状況を把握し弾力的に意思決定できるロバストな経営者は居ないものかとも心配になった次第である。考え過ぎでないことを切に祈って拙文を終えたい。最後までお付合い頂いた方にお礼を申し上げます。